山下 恵美 他
財団法人三友堂病院医学雑誌 Vol.11 No.1
症例報告
皮膚浸潤を伴う進行乳癌患者のQOLの改善における全身化学療法
およびモーズペーストの効果
The effectiveness of the systemic chemotherapy and the local treatment with Mohs’ paste for improving quality of life in a patient of advanced breast cancer with cutaneous invasion
三友堂病院 化学療法室
山下 恵美、黒田 美智子、竹股 洋子、武田 慶子
三友堂病院 外科・緩和ケア科
牧野 孝俊、横山 英一、川村 博司、加藤 佳子
三友堂病院 薬剤部
斉藤 信之、大石 玲児
Key words: 乳癌、がん化学療法、緩和ケア、モーズペースト、QOLの改善
Emi Yamashita1),Michiko Kuroda1),Yoko Takenomata1),Keiko Takeda1),Takatoshi Makino2),
Eiichi Yokoyama2),Hiroshi Kawamura2),Yoshiko Kato2),Nobuyuki Saito3),Reiji Ooishi3)
1)Chemotherapy Room, Sanyudo Hospital
2)Department of Surgery and Palliative Care,Sanyudo Hospital
3)Pharmacy,Sanyudo Hospital
要約
乳癌患者は、女性としてのボディ・イメージの喪失や身体的症状による生活の質(quality of life,以下QOL)の低下に苛まれる。今回、それらの問題を抱える進行乳癌患者に対して、外来化学療法室で行った化学療法とモーズペースト(Mohs’paste)によるケモサージェリー(chemo-surgery)併用療法が抗腫瘍効果のみならず、全人的苦痛の緩和に著しく効果を発揮した症例を経験したので報告する。
症例は50歳代、女性。初診時に皮膚潰瘍を伴う左乳癌および非浸潤性乳管癌主体の右乳癌を認め、疼痛および左側上肢の浮腫が高度であった。画像診断等で病期はT4bN3M1(骨転移、胸膜播種)と診断した。生検の病理組織学的診断は左側は充実腺管癌、右側は乳頭腺管癌であり、両側ともHER2陽性であった。腫瘍径は、左側は10×10㎝、右側は3×2㎝で、左側は皮膚へ浸潤し、カリフラワー状の隆起と白苔を形成し、出血、浸出液、臭気を伴い、日常生活に困難をきたしていた。抗がん治療として化学療法を計画した。加えて、創の状態の悪化と易出血性のために頻回の処置が必要であった。外来通院は困難となって入院を強いられて経済的な負担も加わり、身体的、精神的苦痛は増大していた。出血による貧血が改善後、TrastuzumabとPaclitaxelによる化学療法を開始し、同時に腫瘍の皮膚浸潤部に対して浸出液の減量、出血の防止、臭気の軽減、そして腫瘍の縮小を目的にモーズペーストによる局所の処置を行った。さらに、局所の高度の痛みに対して、モルヒネの持続静注を開始し、150mg/dayまで増量した。痛みは緩和され、経口モルヒネに切り替えて退院となった。その後、外来化学療法室で治療を行なった。化学療法1クール終了時点のモーズペーストの使用20日後には、浸出液、出血ともほぼ消失した。腫瘍は縮小し、皮膚浸潤部は痂皮化した。さらに3か月後、腫瘍は完全に消失した。局所の痛みも軽減し、モルヒネも減量、中止した。QOLは著しく向上し、通常の日常生活が可能となった。
化学療法とモーズペーストの併用療法は進行乳癌患者における抗腫瘍効果はもとより、痛みをはじめとする身体的苦痛、局所の変形、臭気などボディ・イメージの喪失による精神的苦痛、入院医療費の削減による経済的負担の軽減など全人的ケアとして有用であった。